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○月○日

司法書士Yは、お客様より、抵当権設定登記の依頼を受けた。受託の際に、書類が揃っていることを確認する。

担保となる物件の登記簿謄本も、用意して貰った。日付を見ると、1か月前のものだ。

事務所に戻り、登記申請書を作成し、先ほど預かってきた書類を、添付書類として、申請書と組み合わせる。この作業は、30〜40分ほどで終了。

補助者(従業員)のUに、書類一式を渡し、登記所に申請に行って貰う。管轄登記所は、都内だし、事務所からも近い。乗り換えを伴うが、それでも、40分ほどで登記所に到着するはずだ。

Uは、登記所に着いたら、今回担保に入れる物件の権利関係を、申請前に、もう一度、登記簿で確認する。万全を期すためだ。

*  *  *

先ほど、受託の際にお客様に、担保物件の登記簿謄本をご用意いただいたが、1か月前のものだった。

たかが、1か月。

一般的に、不動産の登記をする機会というのは、それほど多くない。むしろ、一生で数えるほどしか、登記する機会がないのではないか。だから、1か月前の登記簿の内容と、いま、現時点での内容が変わっていることは、経験上、あまりない。

されど、1か月。

1か月もあれば、その間に、所有者が、引っ越しして、登記簿上の住所と、現在の住所が違うこともある。所有権が他の人に移転することもあるし、先順位として、別の権利者による抵当権が登記されていることもある。セットバックといって、土地の一部を道路使用のため自治体に供出していることもあるし、建物を増築していることもある。そうなると、土地の面積や建物の床面積が変わってくることも……。

このように、考えたらキリがないくらい、1か月の間に、登記簿の内容が変わっている可能性は、充分ある。

Uに渡した登記申請書は、1か月前の登記簿謄本の情報に基づいて、作成した。

その後、1か月間の変更の内容を把握しないまま、登記を申請したら、申請内容と相違のため、登記が止まってしまったり、場合によっては、取下ということもある。受託した以上、例えば、「所有権が、別の人に移転していたので、登記することが出来ませんでした」…という理由は通用しない。

だから、登記申請の直前に、もう一度、担保物件の登記内容を確認する。

*  *  *

ふと、時計に目をやると、Uの申請は、随分と時間が掛かっている。もう、とっくに「××さんの件、登記申請が終わりました。完了予定日は×月×日だそうです」…という連絡があっても良い頃なのに、登記所までの列車が遅れているのか。不安が過ぎる。

しばらくして、電話が鳴った。Uからだ。「今日は随分と時間が掛かったな」と思いながら、受話器を取ると、「所長、○○出張所(登記所)のコンピュータがダウンして、事前確認が出来ません。復旧の目途は立っていないみたいです」。

…困った。今回担保に入れる物件は、○○出張所の管轄だ。ここは、×年前に、登記事項が、コンピュータ化された。従来はバインダーに合綴された簿冊を、閲覧席で見ていたが、現在は、交付申請がある都度、コンピュータから、電磁記録をプリントアウトするのだ。そのコンピュータがダウンしてしまったら、登記内容を取り出すことが出来ない。

とりあえず、Uにはそのまま○○出張所に待機するように指示した。

待機を指示したものの、果たして復旧するかどうか。苛ついても仕方がないことは分かっているが、登記申請が遅れるようでは、依頼者にも迷惑が掛かる。健康のためにやめようと思っていたタバコに、火を着ける回数も、自然と多くなる。

それにしても、Uの申請が遅れていたのは、コンピュータか。そんなこととは思ってもいなかったので、少し驚く。現在、身の回りには、コンピュータ制御による機械が、あらゆる場面で活躍している。普通に稼働しているときは、特に気にも留めないが、改めて考えてみると、コンピュータの存在は、現代の私たちに不可欠なものになっていることに気が付く。そんなことを考えていた。

先ほどの電話から、1時間ほど経ったか。電話のベルが鳴った。「所長、登記所のコンピュータが復旧しましたので、××さんの件、申請前の事前確認をした上で、登記を申請しました。完了予定日は×月×日だそうです」。

Uからだった。当日中に登記を申請することができ、Yは胸を撫で下ろし、また1本、タバコに手を伸ばした。



▼このコラムをご覧のお客様より、次のようなご質問をいただきました。

 「登記所のコンピュータが故障してしまうと、登記されているデータは消えてしまい、私たちの権利が失われてしまうのですか?」

 「そのようなことはございません。万が一に備えて、登記情報センターまたはバックアップセンターに、電磁記録が保管されているので、これらの情報に基づいて、復旧することができます。従って、ご質問のように、登記所のコンピュータの故障により、権利が消えて失われることはありません」